ついにキーチェーンができました。
20センチサイズの妖怪イヌジマをそのまま使っているのですが、
作品というより日用品というかグッズというか
まぁとにかく、部品が多くなる分だけ、作品のイヌジマよりよりもこのキーチェーンのイヌジマのほうが若干高いという、わけわからん具合です。
また「グッズをつくって売りに走っている人」とか思われるんだろうかなあ。私はイラストレーターじゃないしキャラデザイナーでもないです。(その人たちがそういう人という批判の話でも無く、職業として目的が違うという話。)
私だって最初はまさかこれを「作ってないんですか?」と問われるとはおもいもよらなかったわけで。
そもそもこれは私が自分の作品を人に説明するのが言葉では伝えにくいので「コレです」と見せれば一目瞭然!しかも鍵が無い無い病で出勤前にバタバタするのも防げる!という一石二鳥。で自分用にやったことで要は看板娘。
でも色々考えるにつけ、
「いつも そばに犬島を」という妖怪イヌジマプロジェクトの「犬島布教」のコンセプトの原点にかえれば、その意味で最も理にかなっていたストラップとこのキーチェーンでなにが違うのかという話で。(大きさが違うが)
今の時代の人間なので、確かに量産自体をコンセプトにとりこんではいますが、業者には頼みません。
(最近びっくりするほど「業者に頼めば?」と言われる頻度が増えました。
あと、「他のグッズにもイヌジマを」とか。)
それとこれとは話が別で、売るためにつくってるわけじゃないし。これで生活するつもりじゃないし。
そもそも「業者で作るほどは売れない」でしょ、冷静な話。
ぶわーーーっと一気に出たら逆に「そこで終わる」はず。
アホみたいに労力使って非生産的な事をやるのが作家の本質では?と。
別ジャンルで言うと、化学の研究者と化学製品開発プロジェクトチームがいるとして、
作家はそもそも研究者の仕事に、キャラデザインとかは製品開発業の方に比重があるとおもうのです。
美術の場合、個人に特化するものだということである程度マルチにいかないとたちいかないので
その辺が外から見た時によくわからなくなっていますが。
超有名な人(研究も開発も手がけられる視野の広いポジションの人)が量産やってるならまだしも、
私はローカルな人で、しかも「もともとそのつもりでない」人が大量産したら、
ある意味お寒い話で引くよね?と。
(↑相変わらず表現がバカっぽい)
「もともとそのつもりがあるかないか」
↑コレ、ド級に重要なポイント。
イラストレーターやキャラデザイナーは職業自体がそのつもりでやるものだから別もの。
展示のイヌジマを考えた時点ではもちろんそのつもりはない。
妖怪イヌジマプロジェクトを考えた時点でも、
越えてはいけない一線として「お手製」は外してなかったわけで。
今から業者とか、そんなうらぎりダメでしょう。
とにかく「要領よくお金を集める人」にはなりたくない。
私がやりたかったことはそういうことではなくて、犬島布教。←これは外せない。
布教=数作る事自体に意味を持たせた時点で、私が作らないとダメなんです"コノ場合"。
人気のある大型作品のレプリカを小型化して商品にして量産するのとは行為の意味が違うから。
なんだかつたわらないんだなぁコレが。私の日本語が不十分なのでしょうかね。
一回上陸したらわかります。
あの島はそういう俗世間とは本質的に違うんです。
妖怪の世界もしかり。




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