ブログを書いてる時間がない。
西原さん効果で何もかいてなくともアクセス数だけはのびていますが、
(もちろんイベントの様子は書きます必ず)
私が記録したいことが全然書けていないといういつも通りの展開です。
ただ、いつもとちがうのは、
「私が何を書こうとしているかをトップページに記録していること。」
いつもいつもこのように本当に書きたいことや書かないといけないことがあるにもかかわらず、
書けない状況を説明するブログと化しています。
身近かにいる人ほど書かないといけないものを書けなくしていることに気づいていないからです。
(見ろ、この更新されている記事の内容の浅さ[告知のみ]。更新されていない記事の内容の濃さ。)
私に時間をくれれば、私が関わった美術情報をわたしなりに記録できるのです。
何故高知にはアートイベント記録ブログがこんなに少ないか。記録の意味を見直すべきです。
休みの日には色々な展覧会を見てその感想を記録しようとしています。
私はArt in Kochiを立案した立場上、運営しないといけません。その時間が無い。
とにかく、記録しなければ全てやったかどうかも怪しい記憶だけになり、
関わった人たちの中だけで共有する美術内美術にとどまってしまうのです。
美術は文化で、文化は土地に根付くもの。
その土地その土地の気候や風土によって特色の変わるものであり、
その土地を知るものその土地で暮らすものが記録しなければ誰が記録するのか。
月末から専門学校の授業も始まるので、はやくこのブログをまとめて、
ArtinKochiを更新して、生徒たちにも情報を提供し、次へつなげたいのですが、
その前にまず授業の準備をしなければならず(←当然)
その前に順番的には犬島時間展でストラップやマイ妖怪イヌジマを注文してくれた方々に
飼っていただくべく召還しなければならず、
かといって今つくっているものは岡山のエムズに送り出す別の妖怪で、
[こんな突貫工事な制作ではなく、まともに作品のことを考えて作品を作りたいのに]
最近している仕事といえばgraffitiのイベントの裏方や「ホリカワアートミーティング」で、
「ホリカワの記事はまだ、書くよ予告にすら載せていない。」
…この状況。関わっているものの事すらまともに書いていない。
ただの普通の日記を書いている場合ではないのです。
まずそもそものこのブログの存在意義でもある「私の作家個人としての制作記録」を
まとめなければ、本来は人のことをやってる場合ではないのですが
犬島時間の上陸記録もまとめられていません。
今は金はいりません、とにかく私に時間をください。
自分の記録、自分が関わったアートの記録をまとめ、
この土地に日々接触することのできない人々に
この土地への目を開いてもらうように、一定のレベルの情報を定期的に発信することこそ、
先へつながるのではないでしょうか。
私はネット上の日記やブログは、そういうものだと考えます。ただの告知の道具ではなく。




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