最近すっかりドクレ日報ですらなくなっているこのBLOG。
なんなんだこの行儀の良さ。何のクセも無くなったこの私の今のキャラ。
色々な場所に呼ばれるし、仕切りもできないのに役が回って来る感じ?。
なんかやる事が増えて忙しくなっている内に、どっかに引きづりこまれて行く状況のこの日々。
おかしい...「とにかく私を過大評価しないでくれ」と言いたい。
というかそう言っても支障が無いくらいに、そう言った方が元の世界観のバランスが
自分の所に戻って来るんではないかというくらいに、周りの動きが年々オカシくなる。
(知ってますよ。「年食ったんだからそれなりにそれなりの立場の人物として働け!
だって他にこのへんに同じようなポジションの人が居ないから」ってことなんでしょうけども。
バカ正直に言うと"煙たい"わけで"かゆい"のです。なんで私やねん。と。
かと言って、なんか妙な事をダルダルやってる状況を見たら「こう変えた方がよっぽどよくねぇか?」
とか言いたくなるわけで。それが、変えたら変えた責任が後々自分に回って来たり、いつの間にか
「アンタが勝手にはじめたことだろうよ、始末は自分でつけろ」とか周りが言いだすわけで。)
なんでしょうね...ものごとある程度うまく回りすぎるとどんどんパブリックになって行って
個人のスペース(=このBLOGの本来の姿とか)が無くなって行くというか。
日夜監視されているというか。
「好きにさしてくれや。もう放っておいてくれ。別に私ゃそんな事しとうないんじゃ」状態。
アーまいったまいった。
多分みんながここの昔を忘れてしまったのです。私がやろうとしてる事は7年前と何も変わり無く。
2000年4月下旬某日-我楽多画廊開始←参照
なんだろうな....私は確かに高知でアートな情報を流そうとはしているけど、
礼儀正しく公に認められるようなそんな偉業を成し遂げたいわけではないわけですよ
ε-(ーωー )…。不便だから便利にしたら良いのにと思うだけで。
名声が欲しくて実名を公表しているわけではなくて、
本来やりたい制作の個展の宣伝をしてたら、普通に実名を出さざるをえないだけの事で。
そもそもやりたい事は
★「目指す専門性は高くて、手法や表現はむしろ下世話で、
それが良かろうが悪かろうが"人間が本能的に面白いと感じる感覚"を探してそれを記録したい」
だけな訳で直感の世界の話。理路整然とした事なんか私には向いてないの。
自分の作品のヒントになったりするそう言うアイテムを厳選して感覚的に記録して行きたいわけで。
(なかなか周囲はご年配や先輩なので、そんな事をぶっちゃけて言うのもどうかという事が分かるくらいは
ムダに常識人なわけで。はい、教育関係ですから。)
そう言うドクレサイトや やさぐれサイトが変にアクセスかせいで目を付けられると
お行儀が良くなって面白みが無くなり、
その違和感に人がドン引く&書いてる自分が自分に対して気色が悪い
→そして書き手も読み手も居なくなる。→滅亡への道。
そうこうしているうちに、わたしを返せ、(中略) 平和を返せ。の峠三吉のフレーズが頭を流れて行くわけです。
(子ども時代の教育の影響ってすごいよね...。)。
っていうか、そういう名誉ありげな正当派な環境にいたら、
作品や発想がなんの変哲も無くなるからやめて欲しい。
付属品に振り回されて多忙になり自分の本来の主旨を見失っていくという死活問題。
作家がリーダーをやらない歴史はそういうパターンでしょう。
しか〜しですよ。不可抗力にしても、ものの調べによると↑上記の★のようなサイトというのは、
この付近の法則に見事に当てはまってしまうわけで、
そもそも人を集めてカウントを稼ぐのが目的ではなかったとはいえ、
確かに結果と本質的には「私がザ イ 一 ガみたいな事がしたかった」に近いと言えば近いのです。
そして、私にとってタダの制作活動の文句でも、部分的に的をえていたら
変に「問題点を見つける目、裏の問題を表に出す意欲あるもの」とかで広くに共感を得てしまうわけで。
地方の狭い分野でそんな事をするから気がつけば猫もしゃくしも集まって来てしまうわけで。。。
(街場だったら箸にも棒にもかからず「若いバカが勢いでなんかやってるな」くらいの事のはずが)
あーやっかいやっかい。身から出た錆。
こんな事を書いた所で誰がどうしてくれるわけでもない、人はアテにならないのです。
今日はそこそこ悪態をついたので、
そろそろ「妖怪イヌジマ」のイメージを悪くしない為にも、おとなしく明日の授業の準備をします。
そして頼まれたのにまだ足りていないイヌジマを産み出します。
20文字でまとめて言うと
「私を見るな、私の作った作品を見てくれよ。」って言う話。
(※鬱々と悩んでいるわけではないです。忙しいのでそんなヒマなど無いし。どっちかというとイライラしているので励まさないで下さい。
下手に近寄ると噴火するので被災します。この女危険につき。ご注意下さい。)
だって他にこのへんに同じようなポジションの人が居ないから」ってことなんでしょうけども。
バカ正直に言うと"煙たい"わけで"かゆい"のです。なんで私やねん。と。
かと言って、なんか妙な事をダルダルやってる状況を見たら「こう変えた方がよっぽどよくねぇか?」
とか言いたくなるわけで。それが、変えたら変えた責任が後々自分に回って来たり、いつの間にか
「アンタが勝手にはじめたことだろうよ、始末は自分でつけろ」とか周りが言いだすわけで。)
なんでしょうね...ものごとある程度うまく回りすぎるとどんどんパブリックになって行って
個人のスペース(=このBLOGの本来の姿とか)が無くなって行くというか。
日夜監視されているというか。
「好きにさしてくれや。もう放っておいてくれ。別に私ゃそんな事しとうないんじゃ」状態。
アーまいったまいった。
多分みんながここの昔を忘れてしまったのです。私がやろうとしてる事は7年前と何も変わり無く。
2000年4月下旬某日-我楽多画廊開始←参照
なんだろうな....私は確かに高知でアートな情報を流そうとはしているけど、
礼儀正しく公に認められるようなそんな偉業を成し遂げたいわけではないわけですよ
ε-(ーωー )…。不便だから便利にしたら良いのにと思うだけで。
名声が欲しくて実名を公表しているわけではなくて、
本来やりたい制作の個展の宣伝をしてたら、普通に実名を出さざるをえないだけの事で。
そもそもやりたい事は
★「目指す専門性は高くて、手法や表現はむしろ下世話で、
それが良かろうが悪かろうが"人間が本能的に面白いと感じる感覚"を探してそれを記録したい」
だけな訳で直感の世界の話。理路整然とした事なんか私には向いてないの。
自分の作品のヒントになったりするそう言うアイテムを厳選して感覚的に記録して行きたいわけで。
(なかなか周囲はご年配や先輩なので、そんな事をぶっちゃけて言うのもどうかという事が分かるくらいは
ムダに常識人なわけで。はい、教育関係ですから。)
そう言うドクレサイトや やさぐれサイトが変にアクセスかせいで目を付けられると
お行儀が良くなって面白みが無くなり、
その違和感に人がドン引く&書いてる自分が自分に対して気色が悪い
→そして書き手も読み手も居なくなる。→滅亡への道。
そうこうしているうちに、わたしを返せ、(中略) 平和を返せ。の峠三吉のフレーズが頭を流れて行くわけです。
(子ども時代の教育の影響ってすごいよね...。)。
っていうか、そういう名誉ありげな正当派な環境にいたら、
作品や発想がなんの変哲も無くなるからやめて欲しい。
付属品に振り回されて多忙になり自分の本来の主旨を見失っていくという死活問題。
作家がリーダーをやらない歴史はそういうパターンでしょう。
しか〜しですよ。不可抗力にしても、ものの調べによると↑上記の★のようなサイトというのは、
この付近の法則に見事に当てはまってしまうわけで、
そもそも人を集めてカウントを稼ぐのが目的ではなかったとはいえ、
確かに結果と本質的には「私がザ イ 一 ガみたいな事がしたかった」に近いと言えば近いのです。
そして、私にとってタダの制作活動の文句でも、部分的に的をえていたら
変に「問題点を見つける目、裏の問題を表に出す意欲あるもの」とかで広くに共感を得てしまうわけで。
地方の狭い分野でそんな事をするから気がつけば猫もしゃくしも集まって来てしまうわけで。。。
(街場だったら箸にも棒にもかからず「若いバカが勢いでなんかやってるな」くらいの事のはずが)
あーやっかいやっかい。身から出た錆。
こんな事を書いた所で誰がどうしてくれるわけでもない、人はアテにならないのです。
今日はそこそこ悪態をついたので、
そろそろ「妖怪イヌジマ」のイメージを悪くしない為にも、おとなしく明日の授業の準備をします。
そして頼まれたのにまだ足りていないイヌジマを産み出します。
20文字でまとめて言うと
「私を見るな、私の作った作品を見てくれよ。」って言う話。
(※鬱々と悩んでいるわけではないです。忙しいのでそんなヒマなど無いし。どっちかというとイライラしているので励まさないで下さい。
下手に近寄ると噴火するので被災します。この女危険につき。ご注意下さい。)




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