絵を描いた。久々に。
そしてまた何故かペン画を。
映画の手ぬぐいの模様になる
らしいのですが。
他の作家さんのラインナップを
見るにつけ、私は何か間違って
頼まれたのではなかろうかと。
太めの線画を主とした作家が
多く、それぞれ自分の色も出し
ながら色んな映画の場面を
描いているのですが、
そもそも私は普段は絵で
やってないので
"普段の自分作風的な感じ"
の出しようが無く。
結果、上の画像のようなモノが出来ました。
他の人たちは「開ける所は開ける!ぴったり付ける所は付ける!」と言う感じの線の人が多いので
ビッシリ毛が生えたものでも描いたら他とかぶりはしないだろう。とか。
多少マイナーな近未来映画なら大丈夫だろう。とか。
内容的にはイヌジマ的存在とか機械じかけとか、普段の自分の作品に有りそうで無さそうなあたりを描いたようなことに。最終的にはパス化してだいぶ線に特徴が有るものになったのですが。
そもそも私は[何を作っても自分の色が出る]ほうではなく、
学校の課題とかで言う所の「何か要求に則したものをつくるとある程度適応するものができてしまう」ので、
ある意味微妙。何でもかんでもやらないほうが良い。何がしたいんだったかわからなくなる。
したい事じゃない事が仕事化する。コレは挿絵の仕事か?とか。...どこか線がマンガのようだ。とか。
まぁいいけど...、サインも「石井」名義ではなく「yoko14145」だし。
かと言って高知では人口も少ないし、どれかに特化した仕事だけでは仕事として成り立たない。
デザインやサイトの仕事とかも裏で再々やっているけど、
それはそれで別の名義を考えないとマズいような状況になりつつ有る。
この間のたこやきCDの仕事とか「デザイン:石井葉子」ではマズい。
今の本名でもない石井葉子はコンテンポラリーの作品の作家の名前であって、職業が違うから。
逆に何でもハイブリッドなのがコンテンポラリーでもあるとは言え、それは素材段階の話であって、
結果が汎用のものだったら工程となる思考もオリジナルではないので、それはコンテンポラリー作品ではないし。
結局「ハタ目に何がしたいのかわからない何でも屋」や「あの人色々やってるけどどれも半端で何がしたいの?」
に成り下がってしまわない為には、
"レーベル"を複数もって使い分け、それぞれの分野の能力を高く磨き、どう違うのかを自分で周囲にプレゼン
出来るかどうかなのだと思う。




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