そういえば、私が修了制作の時期だったか、それともgraffitiに入った時だったか、大学の担当教授から
「まず作家が作ってる自分だけの世界っていうのがあんだよなぁ〜、
で、それとは別に、画壇の世界ってのもあってな、
んで、ギャラリーの人や美術館同志が作ってる世界ってのもあんだよ、
で、作家とギャラリーの関係で成立してる世界ってのもあって、
それとはまた全然別個に、アマチュアの世界ってのもわ〜っとあんだよ。
な〜かなか難し〜んだよなぁ〜。へへへ。」と、空中に何個も○を書きながら話してくれたことがありました、
当時の私は
「はい。...?(まぁそりゃそうだろうけどそれが何か私に関係が?)」と言う状態だったのですが、今となっては、
「それでっせ!まさにそう言う状態ですよ!そしてその答えは何ですかぁ!」に相当する格言です。
(全く同じ事について理解しているのかどうかは謎だが)結局のところ、確かに
「な〜かなか難し〜んだよなぁ〜。へへへ。」に全てが集約されている状況です。
↑2年半前に私がBLOGに書いた文です。
この「な〜かなか難し〜んだよなぁ〜。へへへ。」を聞いたのは
2000年か2002年の事で6〜8年ほど前になり、未だその答えは見つかりません。
"この時から私がやらないといけない事になっているであろう事"に向かって、
私は何をして何ができて来たのだろうかと何度も思う。
明らかにここ最近は私は迷走し、どうも全然違う事に時間を費やしていたのです。
美術というものは、一口に「美術」と言ってもとにかく千差万別で、
同じ地元であってもジャンルが違うと全く話が見えない事もあり、同じだと思って集まって来た人たちが
全く違う世界の人間で全然言葉が通じない事・同じ言葉を言ってても全然理解できていない事・見ているものがあまりに違う事、に途方に暮れたり、それが分かるまでに膨大な時間がかかり全てが徒労に終わる。
逆に同じ現代アートのジャンルと言っても、中央と地方では全く状況が違い、普段に入って来る情報量が
全然違い、私にとって「本の中の有名人」が「日常そこらであった事の中に登場する人物」として
体験談に出る時点で、現実が違い過ぎて話す事が無い。
中央の話はありがたい話になって聞いているだけになる。"私"はそこには居なくて単にテレビを見ているのと同じだ。
かと言って、後輩や自分の付近の作家さんに拠点の人間として話を求められた時や、
マスコミ関係に呼ばれる場合には
「もっと高知を元気にしてレベルをあげないと!それには何が足りないか!なぜならば!」
と皆の者立ち上がれ!と言わんばかりに発信側になって旗を振る役目は絶対回って来るので、
そこでは色々ものを言わないわけにはいかない状況になるという、落差。
向こうの世界からはコチラが見えず、コチラの世界からは向こうが見えない。
元々需要と絶対数があって専門性を追求することが価値になり真になりえる中央と、
広く門を開いてピンからキリまでを受け入れて普及活動をしなければ陸の孤島になる地方では
ギャラリーはもちろん、作家のする活動の内容自体までも変わって来る。
でも遠い他県で同じく地方でやってる人たちとは、話を聞けば聞くほど悩みが似ていたりし、
彼ら自体も日頃そうそう全く同じ悩みで語らう相手が居るわけではなかったり、
居ても同志が少なかったりし、出会って間がないとは思えないほど意気投合したりということもある。
結局私は高知を後々どうにかする為に、同じ状況の地方の拠点に作品を布石として派遣し、
作家活動と、拠点活動の序章を同時に成立させて行こうとしているのだろうか?
だからイヌジマは無意識にこんな愛想を振りまいたような展開になって行ったし
Art in Kochiは紙媒体だけになっては意味が無く、WEBである必要があるのかもしれない。と思う。
普及させる事は大衆に迎合して行く事でもあり、専門性の追求とはその真逆のこと。
かと言って地方に行けば行くほど、大衆と言う地面から離れてはアートは生きて行けない。
同時に、専門性を欠いたものには存在する意味が無い。




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コメント
k先生の言葉ですか?
懐かしいです。
Posted by: takenaka3 | 2008年08月22日 12:06
>takenaka3さん
はい、この江戸っ子口調はそうです。
コレを言われたからやるわけではなくて
「な〜かなか難し〜んだよな〜、へへへ。」
は何も言わずして色々言っているので
みんなそうなんだろうなとおもうのです。
Posted by: yoko14145 | 2008年08月22日 12:34